葬式坊主検定試験テキスト(2) 戒名論

1級葬式坊主飯澤派大僧正 飯澤昭裕 編
葬式坊主検定委員会教材部 監修


「戒名」とは

 戒名*1は、現在において、もっぱら葬儀およびその後の法要において用いられる故人の「没後の名前」として扱われている。もっとも、近年では、戒名は仏弟子の証しであり、生前に授与されるのが本義であるとの考え方から、生前授与も行われている*2
 現在行われている戒名は、「院号」、「居士」などの「位号」を含む長大な名称である。以後の説明のため、真言宗系あるいは禅宗系の戒名である「XX院YYZZ居士」を用い、これを次のように分析する。

XX院院号
YY道号
ZZ(狭義の)戒名
居士(信士、大姉、上人など)位号

 ここで、「XX」、「YY」、「ZZ」は、それぞれ漢字2文字(例外もある)の名称で、以下の説明では、(狭義の)戒名のみを「戒名」とする。たとえば、「東京院乙賛昭裕居士」では、「東京院」が院号、「乙賛」が道号、「昭裕」が戒名、「居士」が位号となる。これらは、それぞれ別の由来をもって発達してきた名称である。もちろん、院号や位号を欠く場合もあり、宗派によっては、道号・位号などをまったく用いない場合もある。
 これらのうち、「戒名(狭義の戒名)」と「道号」は、中国の慣行に由来し(そのため仮に俗名と同じ文字を使う場合も必ず音読み)、出家授戒に際して師僧が与える名前(諱、いみな)が戒名、師僧による授与もしくは自称の号が「道号」である。狭義の戒名は、抽象的な概念を表す文字で構成することを原則とするが(「華」、「山」、「河」などの具象物の名称を使わないことが原則、しかし、「空」などの例外もある)、実際には、故人の俗名または師僧の戒名から抜き出した文字を使うことが多い。禅宗系の場合は、戒名と道号で四字熟語のような対句を形成することも多く、このようなものは、道号なしの四字戒名のようにも見える*3
 「院号」は、これらと異なり、出家した上皇(法皇)の呼称から発生している。生前の自称もあるが、上皇の場合は、後鳥羽天皇に後鳥羽院と贈ったように、天皇として諡号と同じ名称を追贈する例であった。上皇以外では、皇妃や皇子女などの出家に際して、または、出家の後に、勅旨によって与えられたもので(院号宣下)、当初は三后(皇后・皇太后・太皇太后)クラスの皇族に限ることが原則であった。その後、皇族に太上天皇を宣下し、皇妃や臣下に准三后(准三宮とも。三后と同等の年官年爵を与える趣旨の名誉称号で、男女ともに与えられる)の称号を与えるようになり、院号宣下の対象も拡大した。さらに、また、門跡寺院の住職にも院号が与えられるようになった。皇室と関係なく院号を称し、あるいは故人に追贈する風習は、中世以降である*4
 「院殿号」、「軒号」、「庵号」などは、当初から皇室とは関係なく称されていたもので、現在では院号のバリエーションと考えられている。これらは、いずれも住居あるいは墓所の寺院名が起源である*5。もっとも、院号の場合も院号宣下を受けた皇族の住居を「XX院」と称する習慣があったので、寺院名と関連する点で、院殿号などの場合と同様であろう。寺院の名称が「XX寺」のときは、寺殿号もある。
 近世以降は、将軍家と有力大名が院殿号を用いたので、現代にいたっては、院殿号は院号より上位の称号と考えられている。また、住居や墓地の寺院名と関係なく用いられるようになった。
 「位号」としては、在家者に対しては、「(大)居士」、「(清)大姉」、「信士」、「信女」、「禅定門」、「禅定尼」などが用いられる。若年者には、「童子」、「童女」、「孩子」、「孩女」、「水子」など数種類あるが、今日では、ほぼ15才前後を境界とし、それ以上の年齢なら「居士」等の成年者用の戒名、それ以下なら「童子」または「童女」を用いている。僧侶に対しては、「上人」、「和尚」、「禅師」などが用いられる。

 戒名の要否には議論があろう。授戒の要否は各宗派の教理で議論すべきであるが、葬儀通論において言及したように、年忌法要などは授戒なしで行われている。授戒がなければ、葬儀式の体裁が作れないというほどのものではない。もちろん、引導を行う場合、その前提として、故人を出家者(または在家の仏弟子)に擬した方が教理面からの違和感が小さいであろう。しかし、その場合でも、俗名のままで授戒を行うことも考えられなくはない(原始仏教まで遡れば、出家に際して戒名を授与する風習はなく、俗名のまま出家者となっていた)。
 戒名は、葬儀における授戒作法と論理的に関連しているので、これを用いる場合は、葬儀の導師が授与すべきである。しかし、寺檀制度のもとでは、過去帳に登載して法要を営むべき菩提寺の意向を無視できない。特に寺院墓地に納骨する場合は、寺院によっては、自らが戒名を与えた者でなければ、埋葬を拒む例もあり得る。戒名の要否は、遺族(特に喪主)の意向を確認して慎重に判断しなければならない。

 院号・位号に関しては、戒名のランクが意識されている。一般的には、院号なしより院号つきが上位、「信士」より「居士」が上位などと観念されている。この点で、伝統的な各宗派は、ほぼ一致して、次のように説明する。

  1. 戒名のランクによって、成仏(あるいは往生)に差異があるわけではない。
  2. 院号などの上位の戒名は、社会または寺院に対して貢献のあった故人に贈られる名誉称号である。
  3. 寺院への貢献は、生前の貢献を基準とすべきだが、没後において、寺院に対して一定の金銭的な貢献を行った者にも上位の戒名を授与し得る。

 これは、高額の「金銭的な貢献」をした者に上位の戒名を授与することを正当化する説明とせざるを得ない。特に、院号については、「寺を建立するほど貢献した者に与えられるのが本義」と説明する寺院さえある。教理に基づく意見なら反論するに及ばないが、この説明は、歴史的にも事実と異なる(院号の歴史的由来は上述)。なお、全日本仏教会は、戒名に関する僧侶への謝礼は、「戒名料」の呼称を使わず、すべて「お布施」とすべき旨の報告書をまとめた。しかし、「戒名料(戒名授与という委任事務の対価)」を「お布施(寺院への寄付)」と呼び変えたとしても、「金額で戒名のランクが定まる」という本質は変わらないのみならず、対価としての性格を否定するため、現実には、どのような高額のお布施でも正当化する論理として機能している。
 葬式坊主としては、伝統的な各宗派の教理に異を唱えることは望ましいことではない。本テキストでも、各宗派の宗教的意味づけをそのまま紹介することに努めてきた。しかし、戒名に関する事項のみは、伝統的各宗派の説明にしたがうことがためらわれる。
 「戒名のランク」を含む戒名問題について、本テキストでは、次のように考えたい。

  1.  喪主が積極的に希望しない場合は、戒名を用いずに葬儀を行う*6。これが無用のトラブル回避には最善の選択肢である。戒名に関して、遺族の間で意見が分かれる場合には、「仏教の本義では、出家作法にも戒名は必須でない」旨を説得する。
  2.  戒名なしに抵抗がある場合は、葬儀の導師となるべき葬式坊主が2字戒名を授与する。俗名が漢字2字で戒名として抵抗がなければ、俗名を用いてもよい(ただし呉音による音読み)。
  3.  (葬儀で準拠すべき宗派で不自然でない限り)道号および院号、位号等は、自称の歴史もあり、必ずしも導師による授与に限らない旨を説明し、要不要の判断を含め、原則として喪主に選定させる。葬式坊主は、喪主が道号および院号、位号を選定することに助力するが、その最終的な決定は喪主に委ねる。

     その際、道号は、故人の「号」であると説明し、故人が自称し、あるいは故人なら自称すべき名称を用い(漢字2字のペンネームなどがあればそのまま使う)、院号は住居名が起源であることを説明し、地名(字名)などを用いることをすすめる。

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 いずれの場合も、葬式坊主は戒名の対価をいっさい受け取ってはならない(狭義の戒名を除き命名者は葬式坊主でなく遺族である)。

まとめ
  1.  葬儀で使われる戒名は、狭義の戒名のほか、院号、道号、位号などを含む。
  2.  狭義の戒名は、僧侶の得度に際して師僧が名称を授与する中国の風習に由来するが、院号、道号、位号などは、勅旨による授与(院号)や自称の場合もあり、必ずしも寺院が授与すべきものではない。
  3.  喪主が積極的に希望しない場合は、戒名を用いずに葬儀を行うことも考えられる。
演習
  1.  葬儀開始前に遺族から「故人がすでにある宗派で生前戒名を受けている」旨を告げられた葬式坊主は、葬儀で授戒を行うべきか。また、知らされた「生前戒名」が、葬儀で準拠すべき宗派に適合しない場合は、どのように対応すべきか。
  2.  ペットに戒名授与を求められた葬式坊主はどのように対応すべきか。
  3.  葬儀の際に授与された戒名が「信士」などのランクの低いもので、これを院号つきなどのランクの高い戒名に改めたいとの相談を受けた葬式坊主は、どのように対応すべきか。
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1* 宗派によっては、たとえば真宗系が戒律を認めないとの対場から、戒名という名称を避けて「法名」と称しているが、ここでは一般名称として、すべて「戒名」とする。
2* 「授戒会(曹洞宗など)」、「御授戒(日蓮正宗)」などの名称で、生前授戒を儀式化している宗派がある。真宗系の「帰敬式(真宗系のほか浄土宗)」などもこれに類する。この生前授戒で授与される戒名は、没後の法要を営むべき末寺が認めるものでなければならないので、各宗派の本山によって与えられることが好都合であるが、単立の寺院が戒名の授与を行っている例もある。
 各宗派では、生前授戒が本義で、没後授戒はこれが行われなかった場合の便法などと説明しながら、生前授戒式を信徒の入信の場として位置づけ、その普及に力を入れている。
 しかし、歴史的には、僧侶の得度式が最初に成立し、その後、それを模した没後授戒が一般化し、近代に、非僧侶の生前授戒式が成立した。現在にいたっても、生前授戒の普及率は高くない。なお、真宗系の生前授戒式である帰敬式は、「お髪剃り」の別名で呼ばれることがある。これも、生前授戒式が僧侶の得度式から由来したことを示しているのであろう。
3* 歴史上有名な禅僧は、「蘭渓道隆(建長寺開山)」や「無学祖元(円覚寺開山)」などの4文字名称で言及されることが多い。これらは、「道号(2文字)}プラス「戒名(2文字)」と解析される。
4* 史料が確実でないので、ちょっとした話題にとどめるが、2008年のNHK大河ドラマの篤姫では、高位の出家女性が院号を用いていた。たとえば、内親王である和宮は、出家皇族の例に倣って「静寛院宮」と称していた。この時期(幕末期)にいたっても、「院号」は皇室との関係で称されている。一方、武家の女性である篤姫が称した「天璋院」は、実際には「天璋院殿(・・大姉)」らしく、これは院号でなく院殿号である。
5* 藤原道長(1028年没)が「法性寺殿」と呼ばれていたらしいので、生前院殿号(この場合は「寺殿号」)は、この時期までさかのぼり得る。院殿号が武家に使われ始めたのは、中世初期と思われるが、先祖への追贈が一般的で、実在さえ不確実な遠祖にまで立派な院殿号を与える例があるので、その使用開始時期は判定困難である。
6* 戒名(法名)を不要とする意見も多い。中世本願寺教団の基礎を築いた覚如(〜1351)は、真宗他派に対する論難書である改邪鈔で、「優婆塞・優婆夷の形体たりながら、出家のごとく、しいて法名をもちいる、いわれなき事」としている。(1) この当時、高田門徒などの非本願寺系において在家者に法名が用いられていて、(2) 本願寺系では、これに対して否定的判断をしていたことが知られる。もっとも、「出家」、「在家」の概念も、現在とは異なり(実際にも、覚如の考えの中では、真宗坊主は「在家者」に含まれない・・戒名を用いてもよい)、このような「古典」が、ただちに本テキストで説く戒名不要論に直結するわけではない。


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宗派別の戒名構成

 本節では、宗派別の戒名(狭義の戒名のほか院号などを含む)の構成と位牌上におけるその表記を略説する。
 なお、本節の説明は、ごく一般的なものにとどまる。各宗派とも、歴代の法主(門主、門首)などと同じ戒名を避けるほか、一定の文字について、これを法主一門が専用など、それぞれの細かい規則がある。葬式坊主を含む宗派外の人間が、安易に各宗派の「戒名」を命名してはならない。

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  1. 真宗系

     「釋」文字の後に2文字の戒名を用いる(真宗系では「戒名」の名称は使わず、「法名」とする)。故人が女性の場合、「釋」にかえて「釋尼」を用いたこともあるが、最近では「釋」に統一する傾向である*1
     真宗系のほとんどの宗派では、道号も位号も用いないが、真宗高田派では、位号(原則として院号と併用する場合は「居士」または「大姉」、院号を用いないときは「信士」または「信女」)を用いる。
     真宗系では、院号の授与を、末寺ではなく本山の権限とする宗派が多いので、葬式坊主はその旨を喪主に説明し、なるべく院号授与を避けた方がよい。
     また、真宗系では、葬儀の際の白木の仮位牌を除いて、位牌を用ないことを原則とする。位牌にかえて、法名を「法名軸」に軸装して、これを仏壇の内部に置き、あるいは法要の際に軸台に掲げる建て前である。もっとも、真宗高田派では、位牌も用いる。
     院号なしの場合は文字数が少ないので、法名軸には「法名」の文字に続いて没年月日を2行書きし、その後、「(XX院)釋YY」の法名を大書する例である(浄土真宗本願寺派では、法名の左右に没年と月日を分けて書く)。「位」、「霊位」などの置字は書かない。

  2. 真言宗系および禅宗系

     それぞれ2文字の道号、戒名および位号が基本形で、院号も用いられる。
     位牌には、院号から位号までのほか、末尾に「位」または「霊位」の置字を書くことが通例である。さらに、真言宗系では先頭に大日を象徴する「ア(「梵字」と称する悉曇書体)」字を置く(禅宗系では先頭に「空」字を置くこともある)。仮位牌には、「新円寂」または「新帰元」の文字が書かれることもある(位置は、院号の前)*2
     導師が自らの戒名の1字を与えることもあるが、当然ながら各宗派歴代の管長(法主)などと同じ戒名は避ける。

  3. 法華系

     日蓮宗では、それぞれ2文字の道号、戒名および位号が基本形である。(日蓮宗では「戒名」の名称は使わず、「法号」とする。また、僧侶は生前から「上人」を称し、没後はこれが位号となる。)ほとんどの場合に院号が付加される。戒名に「日」または「法」(女性は「妙」)の文字を用いることを原則とする。
     位牌には、院号から位号までのほか、先頭に「妙法」の字を書き、末尾に「位」または「霊位」の置字を書くことが通例である。仮位牌には、「新円寂」の文字が書かれることもある。

  4. 浄土系

     浄土宗では、戒名および位号が基本形であり、それに院号が付加されることがある。
     このほか、浄土宗に特有のものとして「誉号」がある。これは、「X譽(誉)」の形式で戒名の前に置かれるが、院号と同様の名誉称号であり、道号ではない(道号も用いられることがある)。誉号は、院号と併用するときは院号の後、道号と併用するときは道号の前となる。院号、誉号、道号などをすべて併用すると、長大な名称となるのがこの宗派の特徴である(数からいうと、道号なしで、「院号 - 誉号 - 戒名 - 位号」の計9文字が多い)。誉号は、五重相伝*3を受けた者に対する名誉称号であることが原則であるが、没後に贈五重と称して五重相伝を擬制し、あるいは五重相伝と関係なく追贈されることもある。五重相伝受式者の位号は原則として「禅定門」または「禅定尼」となるが、没後には「居士」、「大姉」も用いられる。
     位牌には、院号から位号までのほか、先頭に「キリーク(悉曇書体)」字を置くことがある。

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演習
  1.  複数の宗派の葬儀を主宰すべき葬式坊主の戒名は、どのようなものが望ましいか。
  2.  葬儀で用いた仮位牌の処分を委託された葬式坊主は、どのように対応すべきか。
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1* 「釋」を法名の姓のように用い、これを釈迦の弟子の意味とする。女性に用いられた「釋尼」の「尼」は、梵語の女性名詞語尾の漢字音写またはこれを含む「比丘尼」の略と考えられるが、「釋尼」という単語は梵語ではあり得ない。「尼」を用いる場合は、「釋XX尼」の表記の方が自然であろう(この場合、「尼」は比丘尼の意味)。親鸞が娘の覚信尼にあてた「釋覚信尼」とする書簡がある。
2* 新円寂は「新しく涅槃に入った」との意であろう。「新帰元」の意味は不明(故人はこの世界に生まれる前に仏の世界にいたわけでもないので、「元に帰る」では教理と整合しない)。これらの文字は、仮位牌のみで用いられ、本位牌には用いられない(禅宗系で本位牌に「帰元」の文字を残すこともある。
3* 数日にわたる儀式で、念仏の意義に関する説教と、奥義を伝えるとする伝法式(血脈授与)で構成される。五重相伝会と称して、末寺が主催し数百人の在家信者を集めて行う例である(生前授戒とは別に行われる)。生前の受式が原則であるが、没後に「贈五重」と称して故人に対して行われることもある(長時間を要する儀式なので、葬儀では行われず、五重相伝会に故人の参加を擬制する形式で行われる)。


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